『聖書と典礼』表紙絵解説
(『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2012年2月26日 四旬節第1主日 B年 (緑) 
わたしは、あなたたちと、そして後に続く子孫と、契約を立てる(創世記9・9)
洪水から救われたノアたち
アシュブルム・モーセ五書写本
パリ国立図書館 5−6世紀
ヴルガータ訳聖書(ローマ教会で規範とされたラテン語訳聖書)によるモーセ五書のうち、申命記以外の本文に全部で18のさし絵が付いている写本である。ギリシアやエジプトの芸術との関連も見られ、制作地はスペインと考えられているがはっきりしない。19世紀後半からアシュブルム卿という貴族の手に渡ったことからこの名が付けられた。一つの画面の中に、ある物語のさまざまな場面をあわせて描き込んでいく手法をとっており、白髪白髭の男がノアで7回登場していることから想像されるように、ここでもノアの物語の種々の場面が含まれている。創世記6章9節から9章17節までを見比べながら読む必要がある。
右上のノアは雲の中から伸びた神の手を見つめている。雲は人間の目には見えない神の栄光のしるし。そこから出てくる右手は、神の働きかけや語りかけを象徴する初期の写本画の定型要素である。ここでは、洪水と生き物の滅びを予告し、箱舟を造ることをノアに命じ、契約を約束するところまでの、神が語られる場面が含まれているのだろう(創世記6・13‐7・5)。洪水そのもの(7・6‐24)はこの絵では前提とされ、描かれていない。箱舟の中にはノアと3人の息子たち、ノアの妻、息子の3人の嫁たちがいる(7・12)。きょうの第二朗読(第一ペトロ書)で言及される、洪水から救われた8人である(一ペトロ3・20)。右端の窓からノアは烏をつかみ、左端の窓からはそれを放っている。地上の水が渇くのを待って烏が出たり入ったりした、というところ(創世記8・7)を反映していよう。中央の窓でノアはオリーブの葉をくわえて帰ってきた鳩を迎えている(同8・11)。水が引いたしるしである。地がすっかり渇くと、神はノア一家に「箱舟から出なさい」と告げる(8・16)。箱舟の扉から外を見ているノア一家はこのあたりに対応する。本文では一家が出たあと、動物たちが箱舟から出てくるが(8・19)、ここではすでに地上に降り立って歩いている。ろば、ライオン、牛、ラクダ、羊、犬、さそり、蛇などが見える。箱舟の上のほうで飛ぶ鳥たちもすでに解放されたあとの鳥だろう。
左下には祭壇を築き、献げ物をしようとしているノアがいる。本文では家畜と鳥のうちからささげる焼き尽くす献げ物に言及しているが(8・20)、ここではミサで聖体を準備している様子にも見える。そこでも、ノアの頭の上に神の右手が現れている。「人に対して大地を呪うことは二度とすまい」(8・21)という神の祝福のことばが対応するのだろう。創世記9章は、いよいよ神のノアへの祝福と契約について語る(きょうの第一朗読の箇所が含まれる)。神の手を見つめている右上のノアと結んだ、神の契約の約束の実現が、対角にある左下の場面で描かれていると見ることもできる。そう見ると、右上の神の手よりさらに上にある模様は契約のしるしとなる虹をかたどっているのかもしれない。さらに祭壇の献げ物がすでに聖体の意味で描かれているとするなら、この図全体が洗礼と聖体の秘跡を暗示しているということもできる。洪水によって罪に死に、神との契約のもとで新たに生まれ、そしてその契約関係を聖体の秘跡は絶えず新たにしていくものだからである。
ところで、洪水は40日40夜雨が降ったことから始まる(7・4、12)。水は40日間地上を覆った(7・17。8・6参照)。このことも、イエスが荒れ野で受けた40日間の試練(きょうの福音。マルコ1・13)とともに四旬節の意味に通じている。きょうの朗読箇所になっている理由もそこにあるのだろう。四旬節は、罪に死に神に生きるものとなるための試練の40日にほかならない。