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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2019年3月06日  灰の水曜日 (紫)
隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい(マタイ6・6より)

祈る聖母  
エチオピアで制作された羊皮紙写本画  
パリ国立図書館 15世紀

 心からの施し、祈り、断食を求めるイエスのことば(マタイ6・1-6、16-18)が強く響く「灰の水曜日」の福音である。これを、東方キリスト教圏のエチオピアで制作された美術作品、「祈る人」(オランス)型の聖母像(羊皮紙写本画)の鑑賞とともに味わってみよう。
 「祈る人」(オランス)は、初期キリスト美術の代表的画題の一つ。ローマのカタコンベ(地下墓所)や石棺彫刻によく見られるもので、古来祈りの姿勢として言及されている、両手を開いて天に向かう姿勢をとる男性や女性の姿で描かれる。キリスト教以前の美術にもこのような姿勢の人物像があって、それがキリスト教的に受容されたと考えられている。そこに与えられたキリスト教的意味についてはさまざまな解釈がある。地下墓所や石棺に描かれた点から、復活を待ち望む死者の魂を描いたとするもの、すでに楽園に招かれた死者が神に賛美と感謝をささげている図とするもの、すでに安息のもとにいる死者が新しい死者のために取り次ぎの祈りをしている姿とするものなどである。ただし、死・死後というテーマに限定されずに、もっと普遍的に祈る教会を象徴するものとみることも可能である。それが明らかに聖母像であるならば、まさしく教会の祈り、教会の心を表現するものと考えてよいだろう。
 さて、このエチオピア教会の産物は、その描き方が独特である。頭が大きく、顔が長く、また手も大きい。なによりも無限に流れているような縦縞模様の衣が目を引く。エチオピアの風土、広すぎる言い方になるがアフリカ的風土の反映と感じられる。西欧的マリア像を見慣れている側からすると、とてもインパクトがあり、新鮮でもある。聖母の胸に配置されている十字架に注目してみたい。これも先週のコプト芸術でも見られた、組紐文様の一種である。コプトから流入した要素と考えられている。色彩は、赤と緑が基調である。どちらも生命(血や植物)を感じさせるものである。
 聖母は、教会自身の姿、あるべき姿、望まれる未来を示す存在といわれる。『教会憲章』第8章の有名な文章を味わってみよう。「マリアは、教会の卓越したまったく比類なき成員として、さらにその信仰と愛においては、教会の典型、もっとも輝かしい模範として敬われ、カトリック教会は聖霊に教えられて、マリアをもっとも愛すべき母として孝愛の心をもって敬慕するのである」(53)。
 十字架を胸に抱き、天に向かって祈る「教会の典型、もっとも輝かしい模範」である聖母の姿とともに、「灰の水曜日」の福音を見てみると、福音朗読箇所はマタイ6章1-6、16-18節。全文が心からの施し、祈り、断食を求めるイエスの教えである。繰り返される「偽善者たち」とは「人からほめられようと」(マタイ6・2)としたり、「人に見てもらおうと」(6・5、16)したりする人。それに対して、イエスは弟子たちに、施しも、祈りも、断食も、人に気づかれず、「隠れたことを見ておられる父」の御前で行うようにと再三告げる。一瞬、自分たちが「偽善者」ではないか、と裁かれているようにも感じられてくる、きょうのイエスの教え。しかし、実は、父である神は隠れたことを見ていてくださるという励ましと慰めが根底にあるのではないだろうか。
 マリアは、新約聖書の中で言及される箇所が少ないのにもかかわらず、その少しだけの登場場面でも、つねにイエスとともにあり、神のみ旨を思い、絶えず祈っている。そのマリアを確かに隠れたところから御父は見ていてくださり、天へと引き上げてくださったと、教会は信じ、マリアに対する尊敬と孝愛の念を深めていく。マリアは、まさしくきょう、イエスが呼びかけている、心からの祈りの模範であり、隠れたことを見ていてくださる御父のいつくしみの証人でもある。四旬節の祈りと生活の模範として、マリアの姿をともに心に留めておきたい。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために  

コプト語 ――大都会の拠点、エジプトのアレキサンドリアでは単性論者はギリシャ語を捨てて、地元のコプト語(古代のエジプトのことば)を用い、コプト教会としてエチオピアにまで及んでいる。エジプトの典礼は聖マルコの典礼とも呼ばれている。
ラテン語 ローマの初期の信者はギリシャ系が多く、ラテン語が表面に現れてくるのは二五〇年頃と言われている。しかし北アフリカのカルタゴなどでは、すでに二世紀の終わりから三世紀の初めにはラテン語が使われていたらしい。ローマでも四世紀には民衆のことばはラテン語となり、典礼をラテン語に切り替える努力がなされた。
国井健宏 著『ミサを祝う――最後の晩餐から現在まで』「第三章 成長と固定化」本文より



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