キリスト教トピックス 2010 No.8

 聖母の被昇天――わたしたちの祝日

   国井健宏(御受難修道会司祭) 

 教会はマリア様を救い主の母として大切にし、使徒の時代から敬ってきました。エフェソ公会議(431年)で「神の母」と宣言されると、マリア様への崇敬が一挙に花を開かせ、ローマではサンタ・マリア・マジョーレの大聖堂が献堂されました。

イコン マリア様は「最も祝福された女性」、「幸せな人」と呼ばれる方ですが、その生涯は喜びの連続ではありませんでした。祝福には十字架がついていました。イエス様の活動がどのような結果になるのか心配でした。御子が民衆から排斥され、権力者から憎まれ、逮捕されて死刑に処せられるまでの歩みを、聖母はどんな気持ちで見守られたことでしょう。文字通り「心を剣が貫く」(ルカ2・35参照)思いでイエス様の苦しみをともにされたのです。

 エルサレムでは古くから8月15日を聖母永眠の日として大切に敬っていました。これが「被昇天」に変わっていったのです。神の母である方の体が崩壊していくことを、神様が許されるはずがないという確信からでした。1950年教義として宣言され、神は、「汚れのないおとめマリアを、からだも魂も、ともに天の栄光に上げられました」と集会祈願で祈ります。

 わたしたちの救いの中心部にマリア様がおられることを示すイコンが東方教会にたくさんあります。救い主を正面に向けて抱いて世に示す姿も、懐にかじりつく幼な児を優しく抱きよせ、頬ずりする像も、みな救い主とともなるマリア様を表しています。今日はその聖母の栄光を喜びたたえる日、わたしたちのお母さんの祝日です。
 「お母さん、おめでとうございます。よかったですね」と言いたいです。

 しかしマリア様の心配は今も続いています。戦争、貧困、飢餓、病気、そして罪に苦しむ人々のために、聖母の祈りは続いています。「神の母、わたしたちのために祈ってください」と心から願い続けましょう。

(『聖書と典礼』2006年8月15日号より)

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