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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2017年8月13日  年間第19主日 A年 (緑)
そのとき主が通り過ぎて行かれた(列王記上19・11)


エリヤ   ブスコス派イコン  トレチャコーフ美術館 13世紀


 きょうの福音朗読箇所はマタイ14・22−33節。沖に出た舟の中で、逆風のために波に悩まされていた弟子たちのところにイエスが湖上を歩いて行った話。おびえ、恐怖のあまり叫ぶ弟子たちにイエスが「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」と言う(14・27)。すると、ペトロがイエスを試すようなことを言い、「来なさい」と言われて水の上を歩き始めると沈みかける。彼が「主よ、助けてください」と叫ぶと、イエスが手を伸ばして捕まえ、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」と言う。舟の人々は「本当に、あなたは神の子です」と拝む。このエピソードはいろいろな要素を含んでいるが、選ばれている第1朗読の箇所がエリヤのエピソード(列王記上19・9a. 11-13a)であるところで、見どころがどこにあるか考えさせられる。
 この箇所が選ばれている意味を黙想するのに、表紙絵に掲げたイコンのエリヤはふさわしい。山の上で(向かって)右斜め上を見上げている姿の中に、主のささやく声を聞き、じっと耳を傾けている姿である。まずは、朗読箇所の本文の内容とつながる。
 この箇所は、一般に、聖書の神信仰と自然の事物に神格を見て拝むような信仰との対比が鮮やかなところといわれる。風も、地震も、火も神ではない。静かにささやく声として神は現れ、エリヤに語りかける(列王記上19・12)。それはおのずと顔を覆わざるをえない、聖なるものの顕現だったことだろう。そして、エリヤは新しい使命を受け取る。主なる神が言葉をとおして人に現れる、その声の様は決して壮大なものではなく、「静かにささやく声」であった。ここに、この場面での主の顕現の味わいがある。
 このイコン、エリヤを描く部分の両側には、左右各四つ合計八つの場面があって、これは、エリヤに関する説話のそれぞれにちなむものと思われる(ここでは詳細確認は略す。エリヤについてのエピソードが記されるのは、列王記上17・1〜19・21; 21:1-29;列王記下1:1-18である)。
 注目すべきは上の部分である。そこには、中央にキリスト、その(向かって)左にマリア、右に洗礼者ヨハネが描かれている。これは「デイシス」と呼ばれる(直訳すれば「請願」「代願」を意味する)画題にあたる。マリアと洗礼者ヨハネはキリストに対して、人類の罪のゆるしを祈願し執り成しているのである。その両脇には、天使。その両隣にいるのはその風体から左端ペトロ、右端パウロと思われる。このような、キリストと、その生涯に始まる新しい契約の時代の担い手となる人々を上に掲げているこの図は、エリヤのもつ救済史における役割の大きさを物語っているのだろう。それだけに、エリヤの新しい使命に対する「静かにささやく声」での招きは、上に描かれた人々へのそれぞれの召命の出来事を思い起こさせる。なによりも、洗礼者ヨハネがエリヤに直結する。彼はエリヤの風体で登場し(マルコ1・6、マタイ3・4参照)、エリヤの再来を待ち望んでいた民のところに来たと考えられた(マルコ9・13参照)。イエス自身もエリヤと思われていたほどである(マタイ16・14; ルカ9・8参照)。そして、先週記念された主の変容の出来事には、モーセとともにエリヤが旧約の時代の代表者としてイエスと語り合う姿で現れる。これほどに、新約の時代の始まりに存在感のあった預言者エリヤは、まさしくキリストを前もって示す予型である。洗礼者ヨハネが「荒れ野で叫ぶ者の声」(マルコ1・3)のとおりに主の道を整える者として現れ、マリアは天使のお告げを受け入れ(ルカ1・26−38参照)、ペトロはイエスから「わたしについて来なさい」と呼ばれ(マルコ1・17参照)、パウロは「なぜ、わたしを迫害するのか」という主の声によって回心する(使徒言行録9・4以下参照)。
 このような内容を踏まえて、きょうの福音朗読箇所を見ると、信仰の薄さを露呈したパウロへの叱責の物語ではなく、たえず弟子たちの信頼のよりどころとなるイエス・キリストの存在の堅固さと、われわれに対する「来なさい」という招きのエピソードであるように見えてくる。キリストは「助けてください」という願いにしっかりと答えてくださる「安心」の主である。イコンのエリヤは、この主に信頼する安心を体現しているのではないだろうか。

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