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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2017年12月10日  待降節第2主日 B年 (紫)
神の子イエス・キリストの福音の初め(マルコ1・1)


福音記者マルコ 
アイルランドの写本画 
スイス ザンクト・ガレン修道院図書館 8世紀


 一見して独特な雰囲気を放っている絵といえるだろう。アイルランドの文化にはケルト文化の影響があるアイルランドの絵画は、紐の文様で知られる。アイルランドのキリスト教は、6世紀に修道院共同体が盛んに建設されるという形で展開していたことは確かであり、その活動をヨーロッパにも広げていった。スイスのザンクト・ガレンの修道院の創設者ガルス(7世紀半ば没)もそのような宣教修道士の一人であった。そこからアイルランドのもつ独特な絵画文化がヨーロッパに流入し、この修道院に残る聖書写本画にも実りをもたらしている。
 この絵を見ると我々は、西洋絵画というイメージとは違う発想とエネルギーにかえって釘付けにされる。中央に描かれているのがマルコだが、「荘厳のキリスト像」の型に則って描かれている。四隅に四福音記者のシンボルを従えているからである。このシンボル、右上は人(マタイ)、左上はワシ(ヨハネ)、右下は雄牛(ルカ)、左下はライオン(マルコ)と思われるが、これは基になった黙示録4章6〜8節を反映して、それぞれ翼が大きく描かれている。この絵の場合、特に、四つ足動物を描く下の二つは古代エジプトの絵文字に登場する動物さえを連想させる。
 いずれにしても、この後のヨーロッパ絵画の様式と異なる、古代的、あるいは少数民族の中に保持されてきた感性などの系譜をその中に包含しているような作品で、不思議な魅力を放っている。少数民族の多様な文化の豊かさを知るようになった現代においては、ある意味でとても親しみさえも感じさせるものがないだろうか。アイルランド絵画独特の紐文様に関していうと、上と下にあるのは組紐文(くみひももん)、左右の菱形の中にあるのは螺旋文というそれぞれ基本型があしらわれているらしい。なにかしら無限の奥行きを感じさせてやまない。
 この絵を鑑賞しながら、きょうの福音朗読に目を向けてみよう。それは、マルコ1章1−8節、マルコ福音書の冒頭の部分である。マルコ福音書がもっとも初期の福音書ということが一般的であるとすると、すべての福音書の初めであり、その最初も「神の子イエス・キリストの福音の初め」となっている。この一句がすべての福音書の表題のようでもあるといわれるだけでなく、「初め」と訳されるギリシア語が「アルケー」という原初・原理などをも意味する、哲学史においても非常に重要な単語であるところから、この一句だけでもさまざまな思索をいざなう。
 さしあたり、その続きに洗礼者ヨハネの登場があるので、彼が福音の始まりを示す人物かというふうに自然に読めてしまうが、マルコの福音書は最初に置くのはイザヤの預言に語られる主のことばである。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう」(2節)。これが洗礼者ヨハネのことを予告するから、やはりヨハネが初めかと思いきや、むしろ、福音の初めは神のことばそのものにあるということが示されているようにも思われる。その深さは無限に、神のみ旨、神の奥義の中に帰っていく。このイザヤのことばのもとにある預言が第1朗読で読まれるところを見ると、そこは、もっと、救いをもたらそうとする神の計画と約束が大変力強く告げられている。やはり、ミサのこのような朗読配分は、神の救いの計画の神秘そのものに我々の目を導こうとしているにちがいない。そのことを示すのが、第2朗読の二ペトロ書3章8−14節である。ここでは、そのような神の約束の実現の早い遅いを問題にしている人々へのメッセージがある。「主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです」(8節)という有名なことばもその一貫で、とにかく「神の約束に従って待ち望」(13節)みながら励むという生き方を説いている。これも、やはりキリスト者が引き受けるべき状況を切実に物語ることばである。
 神の計画の深遠さ、その原初・原理としてのありように、ある種アルカイックな様式のこの絵が雰囲気としても響き合う。きょうのすべての聖書朗読をその深さを感じながら味わってみよう。


参考書籍のご紹介:和田幹男著『主日の聖書を読む(B年)――典礼暦に沿って』

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