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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年9月30日  年間第26主日 B年 (緑)
わたしたちに逆らわない者は、わたしたちの味方なのである(マルコ9・40より)

最後の審判    
壁面彫刻 
フランス コレズ県ボーリューの修道院聖堂 12世紀前半

 地獄のことを語るイエス−−きょうの福音朗読箇所マルコ9章38−43、45、47-48 節は、そのことがなによりも印象づけられる(並行箇所はマタイ18章6−9節とルカ17章1−2節)。マルコとマタイはほとんど重なっているが、マルコ9章48節の「地獄では蛆(うじ)が尽きることも、火が消えることもない」という文言はマルコだけに出てくる。それにしてもイエスは舌鋒(ぜっぽう)鋭く、厳しい。
 「キリストの弟子」となることはどういうことかを究極の主題としつつ、それを阻む「つまずき」すなわち「罪への誘惑」が直接の問題とされている文脈である。それは、2回目の受難予告に続く教えとして、眼差しは明らかに終末の裁きにまで及んでいる。キリスト者が弟子の生き方をどのように最後まで貫くことができるかという問いが含まれている。マルコ9章41節の「キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」という言葉はまさにそうで、生き方の総決算(裁き)のときに受ける報いと地獄への定めを意識させる内容となっている。
 マルコ9章のこの箇所とマタイ25章31−45節の話と直結する。マタイ25章では、人の子の来臨のときのいわゆる最後の審判が、羊飼いが羊と山羊を分けるというイメージを使って語られている。「天地創造のときからお前たちのために用意されている国」(マタイ25・34)、「永遠の命」(同46節)と、「悪魔とその手下のために用意してある永遠の火」(同41節)、「永遠の罰」(同46節)というかたちで、神の国と地獄との対比が語られる。このマタイ25章は、きょうのマルコ9章からの朗読箇所に対するよいヒントになる。
 マルコ9章は、「わたしを信じるこれらの小さな者の一人をつまずかせる者は」というところから始まるが、その「つまずかせること」の内容は触れられていない。それに対して、マタイ25章は、「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(40節)として、してくれたこと(食べさせた、飲ませた、宿を貸した、着せた、病気のとき見舞った、牢にいたとき訪ねてくれた)を具体的に述べている。ここに基づけば、人をつまずかせず、その人のためになることは、「隣人愛」の行いにほかならない。ちなみに、第2朗読のヤコブ書5章1−6節も「終わりの時のために宝を蓄えた」(3節)という言及で、やはり終末における裁きの存在を意識させている。そこで、不正を働くことや欲望のままに生きることが戒められるという文脈である。
 こうした読解を通して、関連鑑賞のために、きょうの表紙には最後の審判の図が掲げられている。中世の聖堂の門に、このような裁き主であるキリストを中心に、(向かって)左側の下のほうには神の国=永遠の命に迎えられる人たち、(向かって)右側の下のほうには地獄=永遠の罰へと定められた人たちの様子を描く図像構成が一つの定型となった。この右と左への命運の分岐はマタイ25章の教えがもとになっている。
 同時にこの裁きの玉座にいるキリストには、もう一つ、十字架磔刑図の暗示も含まれている。背後に描かれている十字架がそうであり、またキリストの両腕が真横に広げられている。見えにくいかもしれないが、両方の手のひらの部分には釘で打ちつけられた傷跡が見える。このような表現様式を最後の審判図に描かれた「傷跡のあるキリスト像」という。あまりはっきりはしないが、キリストの伸ばされた両手の先にいるのは(向かって左側に)マリアと(向かって右側に)使徒ヨハネと思われる。二人は十字架磔刑図の定型要素である。それぞれの後ろにもう二人ずつ描かれているが、これらは使徒や預言者かもしれない。
 そして、この来臨された主を示すという意味では、いわゆる「荘厳のキリスト」の要素もこの図の中に含まれている。キリストの両脇にラッパを当てるようにして吹いている両側の天使である。黙示録の8章以降に基づく世の終わりの到来、主の来臨のしるしである。それともう一つ「荘厳のキリスト」に付随する要素として4福音記者の象徴がキリストの足元の下の層に四つの有翼の生き物が描かれおり、これらは黙示録4章7−8節(背景にエゼキエル1・5−10)にちなむ福音記者の象徴で、左から人間の顔(マタイ)、鷲の顔(ヨハネ)をもって四つ足の生き物、牛(ルカ)、獅子(マルコ)が配置されている。
 このようにして、受難・復活を経て、今は御父の右にいるキリストが最後の裁きのときに来られ、生者も死者も裁かれるという信仰内容を、さまざまな主題を重ね合わせながら描き、人々の生き方を問いかけるものとなっている。

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