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コラム

コラム一覧へ 「世界病者の日」に問われること

渡邉怜子(一般社団法人JLMM理事)
 二〇一三年に、ハンセン病とともに生きてきた人で語り部でもある上野正子さんに出会い、ハンセン病問題について学習する機会をいただきました。日本のハンセン病に関する歴史は耳を疑うものばかりでした。中でも看護師である自分が問われたと感じたことの一つに、一九四九年には広く特効薬による治療が行えるようになったにもかかわらず、一九九六年に「らい予防法」が廃止されるまで、終生絶対隔離政策が続いたという事実があります。
 看護の理論家であるヴァージニア・ヘンダーソンは、「看護師の独自の機能は、病人であれ健康人であれ各人が、健康あるいは健康の回復(あるいは平和な死)に資するような行動をするのを援助することである」(『看護の基本となるもの』日本看護協会出版会)と述べています。
 ハンセン病療養所にいた看護師たちもきっと、〝患者さんのために自分ができること〟を精いっぱいしていたことでしょう。しかし結果的に〝患者さん〟は健康を回復するどころか害し、死んで骨になっても療養所から出ることができませんでした。なぜでしょうか。
 日本では、そもそも治療とは関係なく、〝国の恥〟とされたハンセン病患者を隠すことも実は目的の一つとして隔離が始まっています(『ハンセン病問題に関する検証会議・最終報告書』)。だから特効薬ができても、世界が外来治療に切り替えても、療養所から出ることは許されませんでした。出たいと主張すれば〝不良患者〟と呼ばれ、場合によっては罰されました。これは、〝なぜこんなことが起きたのか〟を問わなくては見えてこないことです。
 イエスが病気や差別で苦しんでいる人たちとともにおられた理由は何だったのか。私は、イエスは食事をともにしながら語り合うことで〝社会の規範からそれている〟とされる彼らとは、どんな人たちなのか、何に困り、そして、なぜ困っているのか、を知りたかったのだと考えています。問題の背景を徹底的に追求し、解決しようと行動したイエスは、真の意味で「健康の回復に資するような行動をするのを援助」したのではないでしょうか。
 社会の規範からそれていると見なされている〝病〟からの解放は、社会のあり方が変わることによって実現するというメッセージであると、私は捉えています。
(渡邉怜子〈さとこ〉 一般社団法人JLMM理事)

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