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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年5月20日  聖霊降臨の主日 B年 (赤)
炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった(使徒言行録2・3より)

聖霊降臨 聖書写本挿絵(部分) 
ローマ サン・パオロ・フオリ・レ・ムーラ修道院
870年頃

 聖霊降臨の絵のタイプには、大きく分けて、使徒たちだけを描くものと、弟子たちの中心にマリアを描くものの二つがある。この聖書写本画は、使徒たちとマリアをともに描くものである。部分的ではあるが、使徒たちの顔も、マリアの顔もはっきりと描かれている。マリアの(向かって)左上の白い髪、白い髭の男がペトロであることはわかる。使徒たちの頭の上に赤いものが見えるが、これがきょうの第1朗読の使徒言行録2章3節に言及される「炎のような舌」である。
 使徒たちの顔は、互いに見合っている様子である。何事が起こっているのだろうかと問いかけ合っているような様子である。「一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒言行録2・4)という事態が始まる寸前の光景といえるかもしれない。聖霊の働きのほうが先行していくが、彼らはまだそのことに追いついていないかのような、不思議な一瞬である。
 ここにいるマリアは玉座にいるかのようである。真正面を向いていて、ここで起こっている事の意味がはっきりとわかっているようである。「父の約束されたものを待ちなさい」(使徒言行録1・4)と言われたイエスのことばの意味をしっかりと心に留めていた者の姿であろう。すでに聖霊に活かされ、導かれていることへの落ち着いた自覚がみなぎっている。マリアがこのときの共同体の中にいた方として描かれる根拠は、使徒言行録1章14節「彼ら(=使徒たち)は皆、婦人たちやイエスの母マリア、またイエスの兄弟たちと心を合わせて熱心に祈っていた」にあるが、聖霊降臨の図で、マリアが使徒たちの輪の中心に描かれるときは、もっと象徴的に、教会の姿が描かれていると考えることができる。ここにいるマリアは玉座のキリストとよく似た姿勢とまなざしを示している。それと使徒たちの姿との対照が面白い。やがて、使徒たちも聖霊に満たされ、マリアのまなざしが示すような確信と神のみ旨への信頼によって、揺らぐことなく宣教を開始していくのである。ここには、神の力によって生き、活動する教会の姿が活写されている。
 使徒言行録2章による聖霊降臨の叙述の本文を味わってみよう。日本語でもここには「一」という漢字が目立つ。「一同が一つになって集まっていると」(1節)、「炎のような舌が……一人一人の上にとどまった」(3節)、「すると、一同は聖霊に満たされ」(4節)というように、「一同が一つ」であることと、その中での「一人一人」の対照が印象深い。6節で述べられる「大勢の人が集まって来た」とき「だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを」聞くということも、ここに関係する。
 聖霊は、一同を一つにするとともに、その中での一人一人の個性を通じての活動を促す。このような聖霊の働き方も、絵におけるマリアの共同体の中心にいる落ち着いた姿と、使徒たちのそれぞれの個性ある表情との対照のうちに味わうことができよう。ここには、あらゆる教会共同体のひな型がある。聖霊降臨の主日は、教会の誕生日ともいわれる。この最初の出来事についての叙述は、教会の中でたえず新たに起こっている聖霊の派遣について思いを向けさせる。入信の秘跡をとおして、聖霊に活かされる者となった信者たちは、全教会の一致に参加しつつ、一人一人に働く聖霊の力によってキリストを告げ知らせる者となる。我々の上にも、この「炎のような舌」がとどまっている。それは、福音朗読の箇所(ヨハネ16・13)が語るように、我々を「導いて真理をことごとく悟らせる」「真理の霊」である。この絵の中の「炎のような舌」の赤い色は、我々がキリストと、そして御父である神と結ばれていることのしるしにほかならない。

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