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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年6月24日  洗礼者聖ヨハネの誕生 (白)
この子には主の力が及んでいた (ルカ1・66より)

聖母子と幼い聖ヨハネ  
油彩画 ラファエロ作 
ワシントン ナショナル・ギャラリー 1510年頃

 洗礼者聖ヨハネの誕生の祭日にあたり、聖母子と幼年の聖ヨハネを描く、ルネサンス時代にしばしば好んで描かれた画題に寄せられたラファエロの一つの作品を鑑賞する。通称「アルバの聖母」と呼ばれるものである。それは、この絵は所有者が大きく変転したことでも知られている。17世紀末まではナポリに近いノチェーラのオリヴェターニ派聖堂にあり、その後、ナポリ総督カルピーオ侯が所有、その後18世紀末にマドリードのアルバ公爵のコレクションに入った。そこから「アルバの聖母」と称されるようになった。1836年にはロシア皇帝ニコライ1世が購入、その後も変転し最終的にワシントンのナショナル・ギャラリーに収蔵された。
 まず印象深いのはトンド形式と呼ばれる円形画であることで、ラファエロにはもう一つ「小椅子の聖母」という作品もある。この作品の場合、マリアが野原に腰を下ろし、右脚を曲げ、左脚を大きく前に出すというきわめてユニークな姿勢をとっているのも、円形画ならではのことだった。裸の幼子イエスを間に、幼年のヨハネが忠実に下からイエスを見上げる構図というのも、二人の関係を暗示していよう。イエスは右手で、ヨハネは両手で十字架の杖を握っている。もちろんそれは受難を示す。ヨハネ自身も斬首、イエスは十字架という、共に神に仕えての苦しみにおいて一直線にその命運が結ばれていることも、この杖によって示されているのだろう。読みかけの本を手にしているマリアの視線も実は鋭く、この十字架の杖の十字の部分に集中しているようである。
 この一見、牧歌的な光景の中でも、受難が主題であることは、三者の周りに描かれている植物が示しているともいわれる。エットリンガーという学者の研究によると、マリアのすぐそばにあるカワラマツバはキリストの降誕のときに飼い葉桶のまぐさに入っていたもの、シクラメンはマリアの愛と悲しみの象徴、スミレとオオバコはマリアの謙譲を示すという。イエスとヨハネの側にあるタンポポは未来の受難の苦しみを、ウマノアシガタはイエスの死を、そして、ヨハネのひざの上のアネモネは復活を示すという(小学館『世界美術大全集』第12巻411 頁、佐々木英也氏の解説参照)。十字架の杖だけでなく、これらの植物のシンボリズムによっても、絵の主題が十字架の意味、すなわちキリストの死と復活の神秘であることは明らかである。
 さて、洗礼者聖ヨハネの誕生は祭日として大きな位置を占めている。ヨハネの誕生の予告の六カ月後にイエスの誕生の予告があり(ルカ1・26参照)、その半年をおいての二人の誕生の対比は意義深いものとして伝えられている。洗礼者聖ヨハネについては洗礼者聖ヨハネの殉教という記念日(8月29日)もあるが、その誕生の日は祭日とされるほどに根源的であり、また総合的である。単に誕生が記念されるだけでなく、叙唱が語るようにイエスの先駆者として、洗礼者として、また殉教者としての生涯の全体が思い起こされる。「ヨハネはすでに母の胎内で救いの訪れを受け、その誕生は人々に喜びをもたらしました。すべての預言者の中から選ばれたヨハネは、世の罪を取り除く神の小羊を告げ知らせ、ヨルダン川で救い主に洗礼を授け、殉教によってその使命を全うしました」(叙唱 洗礼者聖ヨハネ)。
 きょうの第1朗読(イザヤ49・1−6)では、神のしもべであるイスラエルは、そのまま一人の預言者であるかのように告げられている。旧約の神の民は確かに預言者的存在であった。その歴史と伝統を、最後の預言者として一身に体現したともいえる洗礼者ヨハネにおいて、旧約から新約への転換が起こったといえるかもしれない。第2朗読(使徒言行録13・22−26)でも、ヨハネが、「イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えた」(24節)として旧約の民の歴史全体に大きな転換点をもたらそうとしたことが述べられて、その生涯の終わりにまで言及する。福音朗読だけでなく、これらの朗読によって、救いの歴史の中で、洗礼者聖ヨハネが果たした不可欠な役割が浮かび上がってくる。このヨハネの生涯を大切に盛大に記念することで、教会は、救いの歴史の神秘、神の計らいの深さを思ってきた。その伝統の上に立つ芸術家としてラファエロのこの円形画も、救いの歴史への美しい窓口となっている。

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