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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2018年10月07日  年間第27主日 B年 (緑)
天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった(マルコ10・6より)

人間の創造     
モザイク    
イタリア モン・レアーレ大聖堂 12世紀

 男女の一体性を印象づける画――きょうの第1朗読箇所である創世記2章18-24節にちなむモザイクである。その21節を要約するように、神はアダムを眠りにつかせ、そのあばら骨からエバを取ったといった文言が画面の上に記載されている。
 創世記のこの箇所が第1朗読になっているのは、いうまでもなく、きょうの福音の前提という意味である。福音朗読箇所のマルコ10章2−16節(短い場合は2−12節)は、離婚についてイエスが教えを述べる有名な箇所。その中で、「天地創造の初めから、神は人を男と女とにお造りになった」(6節)は創世記1章27節、「それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる」(7-8節)はきょうの第1朗読に含まれる創世記2章24節から引かれている。その上で、イエスは決定的なメッセージとして「従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない」(マルコ10・9)と告げる。創世記の叙述が含む、人間の創造に込められた神の意志を明らかにするところに、イエスのラビ(律法学者)をも超えた唯一無二の権威が示される。教会の結婚や離婚に関する教えの基礎となっている重要な箇所であるが、ここでは、モーセの律法の細則に関する教えよりも、もっと根本的に、創造のみ業(わざ)や律法の根底にある神のみ旨(意志)をイエスは端的に体現する方であるという点に注目したい。
 このモザイクは、画面の(向かって)左側に、創造主としての神を描いている。神が腰掛けているのは宇宙を意味する球体である。天地万物を造り、支配しておられる方としての神を描いているものだが、その姿はまさしく全能者キリストを描くイコンとよく似ている。左手には巻物(みことばの象徴)、そして右手は一般には祝福のしぐさとされるものである。
 祝福についていうと、創世記1章1節〜2章4節の創造に関する叙述の第一部分は、「光あれ」と神が言うと、「それはあった」というふうに各創造が語られる。そしてその一つひとつについて神は「良しとされた」と言う。ここに根源的な祝福がある。とくに20節で、水に群がる生き物と空を飛ぶ鳥を創造したあと、「神はこれを見て、良しとされた。神はそれらのものを祝福して言われた」(創世記1・21-22)と明確に祝福が語られる。きょうのイエスのことばに引用されている前後の文脈でも、「神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された」(1・27)のあと「神は彼らを祝福して言われた。『産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ』(以下略)」(28節)となる。
 このような人間の男女への創造は、創世記2 章21節から、人(アダム)のあばら骨から女を創造したという経過に関心が移る。このモザイクでは、(向かって)右側で表現されている左腕をついて眠る人(アダム)の脇腹から女が現れているという描写で、その叙述を表現している。あたかも、神の力(右手によって象徴される)によって、女が呼び出されているかのようで、よく考えられている。
 この場面には、神と人間の間に木が一本、人間の背後にも一本、そして神の背後にも一本、合計3本の木が描かれている。もちろん、「園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた」(創世記2・9)をもとにしているが、どれが命の木で、どれが善悪の知識の木であるかはわからない。
 いずれにしても、創世記1章から3章までの創造、とくに人間の創造についての叙述の全体を考えるために一つのきっかけを与えてくれる。この創造に始まる、神と人類が関わり合う歴史の頂点としてイエス・キリスト、その御父である神と、マリアや弟子たちや、多くの人々との関わりの生涯がある。

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