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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2021年01月03日  主の公現  (白)  
主の栄光はあなたの上に輝く (第一朗読主題句 イザヤ60・1より)

三王礼拝 
ライヘナウ朗読福音書挿絵 
ドイツ ヴォルフェンビュッテル図書館 11世紀

 「三王礼拝」という画題は、まさしく主の公現の福音朗読箇所マタイ2章1-12節を内容とする。主の公現の「公現」とは端的に「現れ」を意味するギリシア語のエピファネイア、ラテン語でエピファニアである。公現の祭日はもともとエジプト成立のもので、当初は、神の御子の地上での現れとしての主の降誕、イエスが神の御子として示された主の洗礼、神の栄光を表す奇跡を最初に行ったとヨハネ福音書(2・1-11)で伝えられるカナの婚礼での出来事が記念対象となっていた。それが西方に伝来してからは、きょうのマタイ2章1-12節で語られる、東方から来た占星術の学者たちが幼子イエスを礼拝するという出来事を記念し、それを通して異邦人をも含む「すべての人のために救いが現れた」ことを祝う祭日となっていく。
 「占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て」(マタイ2・1)という叙述の中にすでに、第1朗読箇所(イザヤ60・1-6)にあるイザヤの預言「国々はあなたを照らす光に向かい、王たちは射し出でるその輝きに向かって歩む」(3節)の実現があるといえる。イザヤ書においては未来における救いへの待望と確約のことばであるが、福音書が告げるのは、今や救い主イエスにおいてそれが実現し始めるということである。預言の中で言及される「黄金と乳香を携えて来る」(イザヤ60・6)人々の姿は、今や東方からの学者たちの旅を予告したものとして受けとめられる。占星術の学者たちがいつしか異邦人の王たちと考えられるようになる。しかも、その数が、三つの贈り物(黄金・乳香・没薬)の数から3人と考えられるようになり、主の公現の出来事の黙想や美術的表現においては「三王礼拝」という画題になっていく。11世紀の朗読福音書挿絵である、この表紙絵でも、やはり礼拝をしているのは3人の王である。のちに老年・壮年・青年という描き方も出てくるが、ここでは3人とも同じように髭を生やしており、いちばん前にいる王が白髪・白髭であるところにのみ老年風に見えるが、他の二人はそこまで世代差を示してはいない。
 この絵の構成上の特色は、王たちの姿に比べてマリアの姿が非常に大きいことである。そして幼子イエスの姿も比較的細長い男子の風情である。左手に書物を抱え、右手で神的権威や祝福を示すしぐさは、普遍的なキリスト像の属性要素である。前回の神の母聖マリアの祭日の表紙に掲げられた「栄光の聖母」の説明の中で、主の公現の三王礼拝の図における聖母子像が独立していったものだということに触れた。この絵の中の右側のマリアと幼子は、まさしく荘厳の聖母子像のかたちになっていることが注目される。マリアと幼子イエスのこのような描き方は、聖母子の目を三人の王よりも高く置き、彼らの礼拝を受けるという位置に置くのが一つの目的であると思われる。対照的に三人の王は背の高さがマリアの姿のおよそ半分ぐらいという位置である。彼らの到来と礼拝は、外から、そして下からの動きを示し、この動きに対して、そのささげものを受け入れようとしているマリアと幼子は、神の計画の体現者としての姿を堂々と示している。光輪はそのしるしである。両者が描く出会いの“輪”をぜひ味わってほしい。
 福音朗読の中の「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた」(マタイ2・11)という一節がずしりと響く。マタイ福音書にとって「共におられる」が全体を通してのキーワードであることはよく教えられる。1章23節のイエスの誕生の予告の中で「その名はインマヌエルと呼ばれる」という預言が引用され、この名が「神は我々と共におられる」という意味であると解説されている。また、マタイ福音書の末尾で、復活したイエスが弟子たちに「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28・20)と告げる。マタイはイエスを「我々と共におられる方」とあかししているが、そのイエスがこの東方の学者たちの礼拝の場面では「マリアと共におられた」のである。
 幼子イエスが共におられたマリアは、神の計画のもとで召命を受けた女性・母として、「教会の典型、もっとも輝かしい模範」(『教会憲章』53)であり、三人の王は「諸民族の光」(同1)であるキリストを仰ぐすべての民の先駆者・象徴といえる。この絵が表す図のうちに、全人類への救いの訪れが賛美と礼拝の雰囲気の中で示されている。ちなみに、彼らがささげたものの意味である。教父たちの解釈の中では、①乳香は神への献げ物に使われることからキリストの神性に、②没薬は埋葬に使われたことからキリストの死すなわちその人間性に、そして③黄金は王への贈り物として王としてのキリストに関連づけられている。総じてキリストをあかしする供えものである。
 この絵では、登場人物の背後の空間が美しい黄金色である。イザヤの預言(第1朗読)が力強く歌う、主の栄光の輝きがここにある。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

主の公現
 かつて死海東部のモアブにエジプトからイスラエルの民が来た時、この地の王バラクは、イスラエルを呪わせるために、異邦の預言者バラムを呼んだ。ところが、バラムはこの民を祝福して、「……ひとつの星がヤコブから進み出る……」(民数記24・17)と言った。このバラムが告げた星こそ、ほかの預言と並んで、イスラエルのメシア待望観の根拠となった。マタイもこの預言を考えて星を書いている。


和田幹男 著『主日の聖書を読む――典礼暦に沿って【B年】』「主の公現」本文より

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