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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2021年05月23日  聖霊降臨の主日  B年(赤)  
炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった(使徒言行録2・3より)

聖霊降臨 
アラゴン王マルティンの聖務日課書挿絵 
パリ フランス国立図書館 1400年頃

 聖務日課書の挿絵として描かれた聖霊降臨の図。聖霊は白い鳥によって象徴され、その口から出る赤い線が真下のマリア、そして12使徒たちに注がれている。中世の聖書写本の挿絵やこのような聖務日課書の挿絵で聖霊降臨が描かれる場合、聖霊を受けるのが使徒たちだけの集団の場合と、その中央にマリアがいる場合とに大別される。この作品は、あきらかにマリアの姿が中央に、しかも大きく描かれている点で、当時のマリア崇敬の一定の高まりを反映したものとなっている。
 聖霊降臨と呼ばれる出来事を伝えるのは、きょうの第1朗読箇所である使徒言行録2章1-11節である。この箇所は、ABC共通の箇所となっている。ただこの出来事の前提を知るためには、前の1章12-26節を踏まえる必要がある。すなわち、使徒たちがエルサレムに戻ってきて、ある家に泊まっていた最中で、ユダが抜けて、11人になっていた使徒団の中に、マティアが選ばれて加入したエピソードである。こうして、再び12使徒となっているのである。表紙の絵もそれを踏まえて、マリアの左右に6人ずつ、全部で12人が描かれている。マリアは玉座にいるかのようである。胸の上で手を交差させ、内面にまなざしを向けている。「父の約束されたものを待ちなさい」(使徒言行録1 ・4 )と言われたイエスのことばの意味をしっかりと心に留めているかのようである。
 そこに、「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人ひとりの上にとどまった」(使徒言行録2 ・2 -3)。音響的なこと(激しい風のような音)と、視覚的なこと(炎のような舌)の両面から聖霊の降るさまを述べる。絵ではもちろん音は表現できず、「炎のような舌」という部分を赤い線で表現している。この文脈で、聖霊のことは鳩に譬えられているわけではないが、イエスの洗礼に関する叙述(マルコ1・10;マタイ3・16;ルカ3・22)からも、聖霊の象徴として描かれる伝統がある。ただ、この絵の場合、よく見ないと赤い線が見えてこず、静かな光景のようである。マリアを中心に使徒たちがいる教会共同体の様子であるが、使徒たちの顔の表情は、個々には違っていて、それなりに一人ひとりの思いや人柄の違いを描き分けようとしているようである。これは、使徒言行録2章の叙述とも響き合う。「一同が一つになって集まっていると」(1節)、「炎のような舌が……一人一人の上にとどまった」(3節)というように、「一同が一つ」であることと、その中での「一人一人」の違い(後述の、それぞれの国の言葉での宣教の開始とも関係する)を意識させている点を、この絵でも味わうことができる。
 場面の雰囲気は、愛らしく敬虔である。マリアを囲んで寄り添い合う使徒たちの姿は、まだ自信なげでさえある。何事が起こっているのだろうかと問いかけ合っているようでもある。しかし、彼らは、聖霊に満たされると信仰の確信によって貫かれるようになる。そして、やがては、聖霊の実が結ぶようになる。きょうの第2朗読箇所(ガラテヤ5・16-25)で言及される「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」(22-23節)が実現するための、ここは芽生えの光景なのである。きょうの福音朗読箇所(ヨハネ15・26-27;16・12-15)の、聖霊の派遣を約束する主イエスのことば、そして使徒言行録2 章4 節「すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」という展開は、この場面のもつ厚みをなすものであることを味わっていきたい。
 その際、画面を構成する色にも注目しよう。赤、緑、青(濃紺)が基調である。赤は、ここでは、「炎のような舌」という言及にもちなんでいよう。また、青(濃紺)も風の連想から聖霊とつながる。そして緑は、生命の色であり、聖書挿絵ではしばしば永遠の生命を象徴する伝統がある。マリアと使徒たちがいる空間は建物の中のように構成されている。これは、使徒言行録の場面がエルサレムであることを踏まえた枠構成であるが、それが、この聖霊降臨の出来事によって、神の国の完成を示す「聖なる都エルサレム」(黙示録21・10参照)の意味合いも帯びることになる。
 聖霊降臨の主日は、教会の誕生日ともいわれる。この最初の出来事についての叙述は、教会の中で絶えず新たに起こっている聖霊の派遣についても思いを向けさせてくれる。入信の秘跡を通して、聖霊に生かされる者となった信者たちは、全教会の一致に参加しつつ、一人ひとりに働く聖霊の力によってキリストを告げ知らせる者となる。我々の上にも、この「炎のような舌」がとどまっていることを心に留めておきたい。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

子どもの神への近さ
 トトの言う「マリアさまへのお祈り」は、仏教とキリスト教とがごちゃ混ぜになった、変わった祈りだけれど、トトにとっては、お祈りはお祈りであって、仏教もキリスト教もないのだろう。やんちゃ坊主の彼が、まず皆で一緒に祈ることを求め、彼自身も素朴な感謝の祈りをささげるのを目の当たりにすると、子どもが何か、神との特別な絆や親しさを与えられていることに気づかされて、うれしく、ありがたい思いに満たされる。
 モンテッソーリ教育理論に基づく宗教教育を長年にわたって実践したS・カヴァレッティは、子どもたちには元来、宗教的なものに向かう心が備わっていると述べる(『子どもが祈りはじめるとき』参照)。

武田なほみ 著『人を生かす神の知恵──祈りとともに歩む人生の四季』「9 家庭と祈り」本文より

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