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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長 石井祥裕)
2023年4月2日 受難の主日(枝の主日) A年 (赤)  
「本当に、この人は神の子だった」 (マタイ27・54)

十字架のキリスト
ウィンチェスター派詩編書さし絵
イギリス ロンドン 大英博物館 一〇七〇年頃
 
 十字架上に死んだイエスを描く作品。より初期の十字架磔刑図では、キリストが生きており、目を開いて祝福する主として描くものが古代末期から中世にかけてみられる一つの描き方であるが、9世紀からしだいに十字架の上で血を流し、死んでいる主イエスを描く方式が発展してくる。11世紀半ばに詩編書の挿絵として描かれた、この十字架上のイエスは、身体が力なく屈曲し、両手・両足・右脇腹からは血が流れている。とはいえルネサンス期のような写実的な表現は志向せず、写本画のスタイルとしてイエスの身体もデフォルメされている。また、十字架上の死について福音書が述べることの詳細も一切を省かれている。ただ、青い十字架の上にイエスがいるだけである。上半身の描き方には、写実に向かう傾向も感じられる。両手を広げつつ、身体が下がっていく感じの描き方は巧みであり、眺めているだけで、イエスの苦しみが伝わってきそうである。
 写本画の磔刑図も多々あるが、この作品は何よりも、十字架の両脇に立つ木、それから枠組み全体を飾る植物模様、しかもその基調となる青であろう。磔刑図ではしばしばみられるマリア(向かって左)、使徒ヨハネ(向かって右)のかわりに、ここでは二本の木が描かれている。十字架の出来事の意味するもの、すなわち新しい、永遠のいのちの始まりを、両脇の木が象徴しているものとして鑑賞するのが意味深い。枠の植物模様を含めて全体の青は、何を意味しているのか。やはり十字架の出来事を通して開かれた新しい、永遠のいのちのイメージであろう。イエスの十字架の出来事は、根底には聖霊の導きであり、イエスの身体はその復活を信じる人々に分け与えられるキリストの御体(聖体)を前もって示すものといえるだろう。
 枠の部分の四隅には、四福音記者のシンボル、左上はマタイ福音書を象徴する人、右上はヨハネ福音書を象徴する鷲、左下がマルコ福音書を象徴するライオン、右下がルカ福音書を象徴する牛である。ちなみ、鷲以外のものも翼を有しており、すべてが天使的な存在であるといえる。マタイを示す人も、天使だといってよいが、四つの生き物がすべて天使(神の使い)、つまり福音記者として神のことばを告げ知らせる使命をもった存在だということになる。枠をなしている植物模様は、おそらくケルト人からアングロサクソン人へと受け継がれた芸術様式の大きな特徴をなすものである。ロマネスク時代のこの作品は、それらを模し、受け継ぐという意図があったといわれる。枝葉の絡まり、その反復が神賛美のリズムを醸し出しつつ、永遠のいのちをイメージさせる。独特の力と味わいをもったこの模様と、その青い色を通して、主の受難の意味をさまざまに黙想していくことができる。
 十字架の両脇の木、そして植物との関連は、聖金曜日の典礼における十字架賛歌と組み合わせて考えてみるのも味わい深い。ヨーロッパの風土にある木や森のイメージを根底に、天地創造の際、人が罪に堕ちるきっかけとなった「園の中央に生えている木」(創世記3・3)、「命の木」(3・23)への連想も含みながら十字架賛歌は歌う。「けだかい十字架の木、すべてにまさる尊い木、その葉、その花、その実り。いずこの森にも見られない」「あざむかれて不幸の木の実を食べ、人祖は死を身に受けた。その姿をあわれに思い、造り主なるわれらの神は、罪の木の災いをゆるす木をその日に示された」「うるわしい幹、幸いな釘、尊いその体を担った木」(『典礼聖歌』336番より)
 その上で、この作品の十字架上のイエスの表情に注目したい。しっかりと目が閉じられ、この世から隠れたことが窺われる。その表情にはしかし苦しみや痛みの印象はない。静かに死の事実に自己をゆだねている表情である。そこには、第二朗読箇所であるフィリピ書(2・6-11)の中で「へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした」(8節)と語られる姿を思うことができる。
 あるいは、きょうの受難朗読箇所マタイ27章11-54節の中から、イエスが十字架の上で息を引き取る前に二度、大声で叫んだ(46節、50節)というその声を想像してみるのもよい。

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』「受難の主日(枝の主日)」

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