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聖書と典礼

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『聖書と典礼』表紙絵解説 (『聖書と典礼』編集長・日本カトリック神学院教授 石井祥裕)
2026年6月21日 年間第12主日 A年 (緑)
だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は……(マタイ10・32より)

イエスと使徒たち
サン・ピエトロ・エ・マルチェリーノのカタコンベ
壁画(部分) 4世紀末

 古代教会のカタコンベ壁画に描かれる、イエスと使徒たちの光景。玉座のキリストの両側に大きく描かれた二人の使徒は、ペトロ(向かって右)とパウロ(同左)である。ローマが両使徒の殉教地であり、その上にローマの教会は発展していく、その意識がこの描き方にも反映しているだろう。主としての尊厳をもって座す威厳あるキリストと使徒たちの配置は、教会そのものの自覚を明確に示すものである。この壁画とともにきょうの福音を味わっていこう。
 きょうの福音朗読箇所はマタイ10章26-33節。先週の福音朗読箇所に含まれていた10章1-4 節の十二人の弟子を選ぶところに続く一連の内容の続きとして、弟子たちが宣教する上で直面することになる迫害を前にして、力強く励ますメッセージとなっている。迫害については、実際、きょうの箇所の直前の10章16-25節で詳細に予告され、その中での対処の仕方が教えられていた。それを踏まえてのきょうの箇所冒頭の「人々を恐れてはならない」(26節)である。また、28節では、迫害者を「体は殺しても、魂を殺すことのできない者」と呼び、その「者どもを恐れるな」(28節)と繰り返す。
 きょうの箇所の31節でも繰り返される「恐れるな」というイエスのメッセージを、今我々はどのように受けとめるべきだろうか。そのような問いかけへのヒントとして、第1朗読箇所としてエレミヤ書20章10-13節が挙げられている。ここの主な内容は、預言者エレミヤ自身のことばである。エレミヤは、主である神に自分の信頼の気持ちを告げている。「主は、恐るべき勇士として、わたしと共にいます」(エレミヤ20・11)と宣言する。そして、「わたしの訴えをあなたに打ち明け、お任せします」(12節)と、すべてを神に委ねる。この文脈に出てくる「共にいます」(11節)という神理解は、マタイ福音書を貫く「インマヌエル」=「神は我々と共におられる」(マタイ1・23参照)の視点と深く関連する。それは、もちろんマタイ最終章のメッセージ「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28・20)に集約され、それを通して、我々の今の教会の集い、典礼行為、信仰生活へと直結してくるのである。
 預言者が示す神への絶対的な信服、信頼はイエス自身も語る。「魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マタイ10・28)と神への恐れを説く。ここには逆説があり、むしろすべての創造主であり、すべてを治める方である神への絶対的な信頼、その意味での神への“畏れ”が迫害する人々への恐れを上回るように、使徒たちに呼びかけているといえる。
 もう一つ、きょうの福音朗読箇所には、重要なキーワードがある。それは、「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである」(マタイ10・26)、そして「わたしが暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを、屋根の上で言い広めなさい」(27節)。「だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は、わたしも天の父の前で、その人をわたしの仲間であると言い表す」(32節)などである。「覆われているもの」「隠されているもの」「暗闇で……言うこと」「耳打ちされたこと」という表現は、いずれも秘密に関係している。そしてここで想起されるのは、マタイ13章で語られる「種を蒔く人」のたとえの説明で言われている「天の国の秘密」(マタイ13・11)である。「覆われているもの/隠されているもの」は神の救いの計画、その実現である神の国、そしてイエスが救い主である、というキリスト教の信仰の神秘すべてを暗示する。それは、第2朗読箇所のローマ書5章12-15節の主題であるアダムによる罪とキリストの恵みの対比が示すものでもある。
 神の秘められた計画が今や現されているもの神の意志、その現れされていく過程、告げ知らされていく過程に参加しそれを担うのがキリストの弟子たち、使徒、キリスト者である。この壁画に描かれるキリストを囲む使徒たちの姿は、教会の象徴であり、きょうの福音を重ね合わせると、恐れることなく、自分をイエス・キリストの仲間であると人々の前で言い表しなさいとイエスの声が聞こえてくる。それは、「全能の神、父と子と聖霊の祝福が皆さんの上にありますように」という派遣の祝福の中で、いつも響いている。
※今号の表紙のキャプションに誤りがございました。お詫びして訂正いたします。
  (誤)「だれでも人々の前で自分をわたしの仲間である言い表す者は……」
  (正)「だれでも人々の前で自分をわたしの仲間であると言い表す者は……」

 きょうの福音箇所をさらに深めるために

和田幹男 著『主日の聖書を読む(A年)●典礼暦に沿って』年間第12主日

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