| 2026年10月25日 年間第30主日 A年 (緑) |
律法全体と預言者はこの二つの掟に基づいている (マタイ22・40)モーセに律法を授けるキリスト モザイク ローマ サンタ・コンスタンツァ廟堂 4世紀半ば きょうの表紙に掲載されているのは、ローマのサンタ・コンスタンツァ廟堂にあるモザイク。この廟堂は、コンスタンティヌス大帝の娘コンスタンティーナ(345 年没)のためのものである。上から見ると円形をしていて、屋根は中央に向かって三段階で高くなっていく構造である。コンスタンティヌス大帝によってキリスト教が公認されて以降、大聖堂の建築が盛んになるが、いわゆるバシリカ式聖堂が長方形型をしているのに対して、洗礼堂や殉教者記念堂、そして皇族の廟堂などは上からみると円形や十字形または八角形となる中央に集中する構造で建てられ、集中型と呼ばれる。古代ローマで伝統的な英雄の廟堂や浴場にみられる型を模範にしたもののようでる。そうして造られた建物の円蓋の内壁をはじめさまざまな壁面がしばしばモザイクで飾られた。 このモザイク作品において興味深いところは、中央に座すキリストが(向かって)左にいるモーセに律法を授けるというコンセプトで描かれているところである。モーセを通して主である神から授与された律法の本来の授け主はキリストであるという理解が具象化されている。そのようなテーマ設定がきょうの福音朗読箇所のマタイ22章34-40節と味わう深く響き合う。 その福音を味わってみよう。一人の律法の専門家が、イエスを試そうとして質問をするというところが発端である。「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」(36節)と。それに対して、イエスは、「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい』」と、申命記6章5節の内容を告げ、「これが最も重要な第一の掟である」(38節)と説く。そして、同じように重要であるとして、第二の律法「隣人を自分のように愛しなさい」というレビ記19章18節を引用して告げる。 ここまでは、律法の解釈の仕方の教えのようであるが、最後に告げられる「律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている」(40節)ということば、イエス自身が旧約の教え全体の根源にあり、それを超越している立場からのことばとして響く。主である神の権威をもった教え、啓示そのものである。表紙絵のモザイクは、まさに、このように旧約の律法全体と預言者を象徴するモーセとキリストの関係を、あくまで、キリストを中心に描くことで具象化しており、きょうの福音と深く通じている。 きょうのイエスの教えは、神の民イスラエルを授かった律法に直接にはなじみの薄い現代の日本人である我々にとって、律法を理解するための入口になる。神を愛することと隣人を愛することがすべての律法の根幹、要(かなめ)をなすとして教えられてことは最良の導きであろう。 きょうの第一朗読箇所出エジプト記22章20-26節も、二つの教えの関係をよく照らしてくれる。全体が主である神のことばとなっていて、寄留者、寡婦、孤児ら、社会的な弱者に対する思いやりと尽くすことが直接呼びかけられている箇所である。その中で、「わたしは憐れみ深いからである」(26節)という神自身の特性の啓示がなされている。この呼びかけを根拠づける出来事がエジプトからの脱出を導いた神の業(わざ)にあることも告げられている。「あなたたちはエジプトの国で寄留者であったからである」(20節)と、この出来事の記憶を民の中に呼び起こし、自らが寄留者として受けた神の恩恵を忘れずに、神に感謝するとともに、同じ苦しみを受けている人々をたえず顧み、助けるようにという明快なメッセージが発せられるのである。 神への愛と隣人への愛は別々なものではなく、つねに一つであることの暗示もある。これこそが、同時にイエスが告げ知らせる神の国の福音に基づく生き方の基本線である。律法と福音がこの最も重要な二つの掟についての教えの中で見事に融合している。このような関連性を明示するのは使徒たちの教えである。パウロはローマ書で説く。「互いに愛し合うことのほかは、だれに対しても借りがあってはなりません。人を愛する者は、律法を全うしているのです。『姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな』、そのほかどんな掟があっても、『隣人を自分のように愛しなさい』という言葉に要約されます。愛は隣人に悪を行いません。だから、愛は律法を全うするのです」(ローマ13・8-10)。また、ヨハネ福音書は、「互いに愛し合いなさい」というイエスの「新しい掟」(ヨハネ13・34、15・12参照)の中で、愛の掟を集約させている。また、こうした精神が主の祈りにも流れていることは言うまでもないだろう。 神への愛は、また倫理的なことだけでなく、日々、神を敬い、大切にし、祈り、礼拝する生き方への呼びかけであることも考慮する必要がある。「愛する」という語の意味合いは広く深い。倫理的な姿勢と礼拝する心は一つに結びついて、福音にこたえるキリスト者の生き方を形づくる。感謝の祭儀(ミサ)は、全体としてキリスト者の生き方の基本を示し続け、その原動力となるものである。 |